『夜に咲く華』

あたしはふと、時間が気になり腕時計で時間を確認した。銀製のブレスレットタイプのお気に入りの時計はカチカチと時を刻み、十時を少し回った位置を差していた。もうこんな時間!? ついつい瞬きをして再び時計を見直しても、当然ながら何の変化も無く十時過ぎだ。それどころか、時計は着実に過去から未来を目指して時を刻んでいる。

あたしの向かいの席で黙々とお酒をノ飲み続けていた会社の後輩の華子ちゃんが、そんなあたしの不審な動きに気付いたのか顔を上げて目でどうしたのか? と、問い掛けて来る。酔いの為かほのかに潤んだ瞳と朱の差した頬が、まだ幼さの残る華子ちゃんをいつもよりもぐっと色っぽく見せていた。

そりゃ考えてみればまだ十八だもんね。スーツ姿もまだどこかしっくりと馴染まない入社したての新人だし。それにしても、ちょっと飲ませすぎたかな? 華子ちゃんを見てると少し心配になってきた。

「大丈夫?」

「え、何がですか?」

何のことかさっぱり分からないと言った表情で、意外にもしっかりとした口調の返事が返ってきた。

「ちょっと飲ませすぎたかな、って思ったの」

「まだまだ飲めますよ」

「そう? でも、残念ながらタイムオーバー」

華子ちゃんの目の前にあたしの時計を持って行く。

「えっ……あ、ホントですね。時間が経つのって早いですね」

「本当その通りね。さっ……そろそろ出ましょ」

あたしが促すと華子ちゃんも立ち上がりあたし達は店を後にした。

バーを出ると生暖かい風が吹きつけてきた。もうすぐ本州に上陸するという台風が運んできた風なのかな?

「アメリカじゃ、台風に名前付けてるのよね」

「あっ、そう言えばニュースなんかで時々アメリカで大きな台風来た時に名前で呼んでいますね」

「日本じゃ一号・二号なのに……あっ、でも大きな被害をもたらした台風は名前ついてるよね」

「あれは確か大きな被害を受けた地域から取っていると聞いた事があります」

「そっか……。なんでアメリカは名前付いてるのかな? それもいっつも女性の名前じゃない?」

「言われてみればキャスリーンとかアンジェラとか女性の名前ばかり聞きますよね。どうしてなんでしょう……?」

ホント、どうしてなんだろ? アメリカ人の女性は台風みたいな女性ばっかりなのかな。などとぼんやり考えていると、

「センパイ、今日は本当にごちそうさまでした」突然、あたしより一歩前に出てこっちを振り向いた華子ちゃんがそう言って深々とお辞儀をした。その洗練された動作から華子ちゃんの育ちの良さが垣間見える。

「こっちこそ突然付き合わせちゃってゴメンね」

なにせ今日の仕事中に決めた事だから、正直断わられてもおかしくないと思ってた。けど、拍子抜けするぐらいにすんなりと了承を得られてちょっと驚いたり。

「いいえ、私の方こそセンパイに誘われてとても嬉しかったです」

本当に嬉しそうな表情の華子ちゃん。うー、ホントに可愛い娘だ。思いっきり抱きしめて上げたくなる。

「っ危ない!!」

と、目の前の華子ちゃんが歩き出そうとして、大きく体勢を崩しかけてあたしは慌てて華子ちゃんの腕を掴んだ。さっきから少し気になっていた事だけど、酔いのせいか華子ちゃんの足元が少し怪しかったのだ。もし、その事に気付いていなかったら咄嗟に反応出来なかったかも。

「す……すみません」

ぺこぺこと謝る華子ちゃん。

「気にしなくてもいいの」

「えっ!?」

少し、思案した結果辿り着いた答え。手を握れば大丈夫。あたしは華子ちゃんの手をそっと握る。手が触れ合って伝わる温もりに心地良さとくすぐったさを感じる。

華子ちゃんは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに握り返してきた。

「なんか……恋人みたいですね」

華子ちゃんがぽつりと呟いた。

「それもいいかも」

少し茶化し気味に返すが、心臓がバクバクと音を立てている。もちろん華子ちゃんはちょっとした冗談のつもりで言ったのだと思うけど、あたしにはその言葉は結構効いたよ。ホント恋人にしたいよ、とはさすがに口が裂けても言えませんけどね。

駐車場が見えてきたのであたしはバッグから車のキーを取り出した。車じゃなかったらあたしもお酒を飲めたのに……と、ちょっぴりブルー。次回はあたしも飲むぞ、と心の中で拳を振り上げながら華子ちゃんを助手席に乗せて、あたしは車を発車させた。

帰り道、もちろん華子ちゃんを家まで送っていくワケなんだけど、この場合街中を突っ切って走るよりも、山の中腹の長いトンネルを抜けるルートの方が早いのだ。このルートは仕事でも結構活用しているルートで、特にこの時間になってくると車も少なくて気持ち良く飛ばせるから個人的にもお気に入り。途中、夜の街を一望出来る場所もあるしね。

いつものように、あたしは少しカーブの多い道を慣れたハンドルさばきで軽快に飛ばしてトンネルへと向かって車を走らせる。

ふと、気が付くと車内にはラジオから流れる最近流行りの歌だけが流れていた。車が走り出した頃は華子ちゃんと色々と言葉を交わしていたのだけど、少しずつ口数が減りいつの間にやら二人とも喋らなくなっていた。

どうしたのかな? もしかして、寝てる? そう思ってそっと助手席の方を見ると華子ちゃんはどことなく落ち着きの無い様子で、しきりに窓の外の方を気にしている。

神妙な面持ちの華子ちゃんを見ていると、ついついイタズラ心が芽生えてしまう。

「ねえ知ってる? ここのトンネルって出るって噂なの」

そんなあたしの言葉と共にトンネルのオレンジ色の光が車内を染め上げる。

「そ、それって本当ですか!?」

華子ちゃんは顔を蒼褪めさせ、泣きそうになっている。マズイ、これは非常にマズイ。それにしても、こーいう話しが苦手とは思わなかった。

「あはは……ジョーダンよ」

あたしは慌てて先ほどの言葉を否定する。もちろん、本当にそんな話しは聞いた事が無い。そもそも、この無駄に綺麗なトンネルは数年前に最近問題となっている公共事業で造られたものである。

ちなみに、ここよりも更に上の場所にある古いトンネルの方は色々と噂があるらしい。

「そう……ですか……」

少しほっとしたような表情の華子ちゃん。あたしも、ほっとした。けれど、まだ何か落ち着かないような、何かを躊躇うような表情を浮かべている。

あたしも、先ほどからそんな華子ちゃんの様子が少し気になっていた。

もしかしてトイレ? 思い出すと華子ちゃんはかなりの量を飲んでいた。

「あの……車を止めて下さい」

華子ちゃんの突然の言葉。こんな場所で? トンネルのど真中、それこそ周りには何も無い場所だよ。けれど、華子ちゃんの切羽詰った様子が気になったあたしは車を端に寄せて停車させる。

「どうしたの?」

華子ちゃんはあたしの問い掛けにも答えずに慌てて車から降りる。あたしは華子ちゃんの様子が気になり車を降り、車の前を横切って華子ちゃんのとこに向かった。

すると華子ちゃんは両手を膝について前かがみの姿勢で、はぁはぁ、と苦しそうに肩で息をしていた。ここに至ってあたしはやっと事態を把握した。華子ちゃんは気分が悪かったのだ。

おそらく大量の酒を飲み、そのうえにカーブの多い山道。ああ!! なんでそんな事も考えておかなかったのだろう?

「大丈夫?」

あたしの呼びかけに弱々しく「はい」と返事が返ってきた。か細い声からはあんまり大丈夫とは思えない。

「うぇ……げぇ……ごぼっ!!」

華子ちゃんの口から出たとは思えないビックリするぐらい大きく、いつもの可愛らしい声からからは想像出来ないような不気味なえづき声がトンネル内に響き渡った。

あたしは、足元がおぼつかない華子ちゃんが倒れないように支えながら、優しく背中をさすってあげる。

華子ちゃんは苦しそうに、何度も何度もえづくが口からはポタポタと少量の液体が出るだけだ。

しばらくの間、えづき続けていた華子ちゃんが、急にえづくのをやめてじーっと地面の方を見つめている。苦しさからだろうか、目の端には涙が浮かんでいた。

吐き気が治まったのかな? あたしがそう思った途端、先ほどからさすっていた背中がビクッと震え、華子ちゃんは激しく嘔吐した。

えづき声も無く、口から一気に迸った吐瀉物が華子ちゃんの足元にビシャーっと音をたてて広がった。少し茶色っぽい水気の多い吐瀉物が跳ねて、あたしと華子ちゃんの靴にも少しかかった。

華子ちゃんは、しばらくそのままの状態で口から粘り気の強い糸を引きながら、はぁはぁと苦しそうに息をしていた。あたしはただその背中をさすってあげることしか出来ない。

数分後、少し落ち着いてきたのか、華子ちゃんはポケットからハンカチを取り出すと口元を拭った。

「もう……大丈夫です……」

蒼白な表情で説得力の無い言葉を口にする華子ちゃんに、あたしはとりあえず助手席に座るように勧めた。

よろよろと倒れこむようにして華子ちゃんが助手席に座る。

あたしは華子ちゃんが座るのをしっかりと確認する。そして、ドアを閉めようとしたその時。突然、華子ちゃんは飛び起きるとあたしを振り払うようにしてドアを開けて外へと飛び出した。

「華子ちゃん!?」

「ぅ……ぇ……」

あたしの呼び掛けにも無反応で、声にならないえづき声を発しながら道路に四つん這いの状態になってしまった。

いつも社内で見えないようにと一番気をつかってる華子ちゃんだったが、偶然なんだろうけどスカートが捲りあがって下着が見えてしまっている。良家のお嬢様とは思えないみっともないポーズにあたしはちょっと驚いてしまった。

そして、更にあたしは気付いてしまった。下着に広がる染み。嘔吐の時にリキみ過ぎたのか、ちょっと小さいほうを漏らしてしまったのだ。

あたしは、華子ちゃんに気づかれないようにしながらそっとスカートを直してあげる。

そんな事にも気付かないのか華子ちゃんは再び苦しそうにえづく。水っぽいゲロがぽたぽたと道路の上に落ちていく。

それが華子ちゃんの長い髪にもこびり付いているのに気付いたあたしは、一旦車に戻りテッシュを取ってくると華子ちゃんの髪の汚れをテッシュで拭き取ってあげる。

こんな時にもひどく冷静にあたしの髪と違ってさらさらしてる、と少し羨ましい気持ちになってしまった。

あたしがテッシュを渡すと、華子ちゃんは四つん這いの姿勢から上半身を起こし、あたしにもたれかかるようにして、口にテッシュをあててへたり込んでいた。

「……今度こそ、大丈夫です」

華子ちゃんがそう言ったのはそれから数分後の事だった。さっきに比べて随分顔色もマシになっている。もう少し休んでもいいような気がしたけど、華子ちゃんの意見を尊重して身体を支えて助手席に座らせると発車させた。

その後の車内では華子ちゃんはテッシュを口にあてて、ずっと俯いている。

「んっ……」

時折、車内に華子ちゃんの苦しそうな声が広がる。

そして、華子ちゃんの家までもう少し、という所で「もうここでいいです、降ろして下さい」とそれまで黙りこくってた華子ちゃんが突然口を開いた。

あたしは一旦車を道路の脇に停車させる。

「でも、危ないし……」

暗い夜道が危険なのか、それとも華子ちゃんの状態が危険なのか、たぶん両方だと思うけど兎に角あたしには華子ちゃんを放っておけなかった。

「やっぱり家の前まで送るわ」

「ヤバイんです。また、吐きそうなんです」

泣きそうな顔の華子ちゃん。うわっ、これは本当にヤバそう。こりゃまずいわね。とは言えやっぱりこのまま一人で帰らせるのは不安になる。

あたしはふと思い出した。たしか、コンビニ袋が何処かにあったはず。すぐに後部座席を探すと仕事の時によく立ち寄るコンビニ袋が見つかった。

「いいよ、吐いちゃっても」

そう言って華子ちゃんにコンビニ袋を渡す。華子ちゃんは反射的に受け取ってはみたものの、まだ何か逡巡しているようだ。

「でも……恥ずかしい」

いやいや、さっきから十分に恥ずかしい姿を見てるんですけど、と思わず突っ込みそうになった。けどまあ、そういう事を意識する余裕は出来てきたって事かな?

「とにかく、会社の先輩として、連れて行った者として、あたしは華子ちゃんを家まで送り届ける義務があるの」

少し強い口調であたしは説き伏せにかかる。そうだ、あたしが悪いのだからきちっと最後まで面倒を見なくちゃ。

あたしのその口調に気圧されたのか華子ちゃんは御どいた表情で目をぱちくりさせる。

「もう少しだけ頑張ろうね。あたしも飛ばすから」

左手で華子ちゃんの頭を撫でながら、優しく勇気付ける。

「……はい」

観念したのか華子ちゃんはまだ多少何かを言いたそうにしつつも頷いた。そして、コンビニ袋を口許に持って行くと小さくえづいた。

あたしはなるべく振動与えないように、それでいて最速で車を走らせる。すぐに、華子ちゃんの家の前についた。庭つき一戸建ての立派なお家は明かりが一つも点いておらず、風に吹かれた庭の木々がサワサワと音をたてている。

「さ、ついたわ」

先に下りると、助手席側に回りこんでドアを開ける。すると、蒼白を通り越して紙のように真っ白な表情の華子ちゃんがよろよろと出て来た。

あたしが華子ちゃんを支えるようにして玄関に向かう。その途中で、二度、三度と華子ちゃんは足を止めて苦しそうにコンビニ袋に向かってえづいた。あたしはそこで気になった。華子ちゃんの吐いた量は、どう考えても食べた量と釣り合わないのだ。

なんとか玄関に辿り着いたあたしと華子ちゃん。華子ちゃんにひとつ断りを入れて、華子ちゃんの鞄から鍵を取り出して、玄関を開ける。華子ちゃんは家に入ると崩れ落ちるようにしてへたり込んだ。

「お邪魔しまーす」

飲みに行く前に聞いたとおり、華子ちゃんの家に今に両親の姿は無かった。なんでも旅行に行ってるとのこと。

「ちょっと待ってて」

聞こえてるのか妖しいけど、そう言って家の中へとお邪魔する。目的地キッチン、標的はコップ一杯の水。以前、一度だけお邪魔した記憶を頼りにキッチンへと向かう。あたしの記憶に間違いは無かった、すぐにキッチンに到着した。あたしはコップを掴むと蛇口を捻り水を入れる。このへんの水は都市圏なんかと違ってそのまま飲んでも十分に美味しい。

「華子ちゃん、水」

すぐに玄関に戻って相変わらずへたり込んでる華子ちゃんにコップを渡す。ぼんやりとコップを見つめていた華子ちゃんはおもむろに水を一気に飲み干した。

「ふぅ……」

華子ちゃんは弱々しく息をつき、廊下にコップを置いた。

「もう一杯いる?」

あたしの問い掛けに華子ちゃんは首を「いえ」と呟き、小さく左右に振った。

「それより、おトイレに……」

ふらふらと立ち上がる華子ちゃん。あたしは慌ててその身体を支える。

「吐きそうなの?」

つい尋ねると、華子ちゃんは恥ずかしそうな表情で小さな声で「おしっこ」と言った。あたしの頭をさきほどの失禁の場面がよぎる。

「一人で大丈夫よね?」

ひとつ頷き、華子ちゃんはトイレに入った。

今のうちにコップを片付けよう、そう思ってあたしはコップを取りに戻り、その足でキッチンへと向かい、蛇口を捻ろうとしたその時。

突然、トンネルで聞いたそれよりも大きな音が華子ちゃんの入っているトイレから聞こえた。間髪入れず、あたしはすぐにトイレに向かった。

「華子ちゃん、どうしたの!? ちょっと、大丈夫!?」

ちょっとテンパり気味でトイレのドアノブを回すと、意外なことにドアに鍵は掛かっておらず、すーっと開いた。まるでビデオのスローモーションのようにゆっくりと開くドアの向こうで、華子ちゃんが姿を現す。そして、強烈な臭いが鼻をついた。

華子ちゃんは便座に座り、両手を口に当てた状態で、呆然とした表情を浮べていた。華子ちゃんの手、服、太腿、スカート、そしてトイレの床にまで茶色の、吐瀉物が派手にブチ撒けられている。

「っ……!?」

身体を少し前に傾けて、更に華子ちゃんは嘔吐する。口からごぼっごぼっと茶色の吐瀉物が溢れ出て、びちゃびちゃと床に落ちる。華子ちゃんの口から、数本のスパゲティが原形をとどめたまま、だらりとぶら下がっている姿はとてもグロテスクに思えた。

「げっ……げほっ、ごほっ……」

苦しげに咳き込む華子ちゃん。そして、口から垂れ下がったスパゲティが揺れる。何故だろう? あたしはグロテスクに思える情景から目を離すことが出来なくなっていた。あたしは、華子ちゃんの口から垂れ下がるスパゲティを引っ張ってみたい衝動に駆られていたのだ。

「……セン……パイ?」

華子ちゃんの声にあたしは我に返った。あたしのやるべき事、それは今この情況から華子ちゃんを助ける事だ。足元の吐瀉物に注意しながらあたしはトイレットペーパーを素早く巻き取る。

粘り気の強い吐瀉物に悪戦苦闘しつつも、華子ちゃんの身体・衣類の汚れを丁寧に拭き取っていく。華子ちゃんは俯いたまま、ほとんど身じろぎもせずにあたしのやるに任せている。ちょっと心配になって声を掛けてみると、弱々しいながらも返事が返ってきてほっとした。

「華子ちゃん、立てる?」

一通り拭き終えたあたしは華子ちゃんに尋ねた。これで動けないとでも言われたら背負って行こうかとも考えたけど、どうやら大丈夫そう。あたしが肩を貸してやると、ゆっくりと立ち上がった。

「部屋でいい?」

一応確認すると、華子ちゃんは首を小さく縦に振った。あたしと華子ちゃんは華子ちゃんの部屋のある二階に続く階段を上り、可愛いパンダのプレートが掛けられた華子ちゃんの部屋のドアを開けて中に入った。

前に来た時と変わる事無い華子ちゃんの部屋。うーん、やっぱりあたしの部屋と比較すると、なんと言うか、品が良い? 兎に角、綺麗に整理整頓されてて、微妙に高価そうなモノがあったり、それでいて女の子らしい、むしろお嬢様然というのが良く似合う部屋だと思う。

華子ちゃんをベッドにもたれさせ、華子ちゃんの支持を仰ぎつつ着替えを探す。タンスから純白のパジャマをあたしの趣味で取り出す。文句は言わせない。だって華子ちゃんにはこの色が良く似合うのだから。

「華子ちゃん、着替えよっか?」

「……あっ、はい」

先程より、幾分しっかりとした感じで華子ちゃんが立ち上がる。顔色をも少しマシみたい。

あたしも手伝って華子ちゃんの服を脱がしていく。

「あっ……」

あたしがスカートに手を掛けた瞬間、華子ちゃんが小さく呟いた。どうしたのだろう? と上を見上げると「あ、後は私一人で着替えます」と何故か顔を真っ赤にして主張する。

「どうしたの?」

なんとなく察しがついてはいるけどね。

「えっと、その……うっ!?」

なんとか言い訳を探そうとしていた華子ちゃんが、表情を歪めて口を押さえた。どうやら胃がちょっとした事で反応する状態になってるみたい。

「こんな状態で一人で着替えなんて無理でしょ」

あたしとしても放ってはおけない。

「わかりました。でも、あんまりジロジロ見ないで下さい」

そう言われると見たくなるじゃないの。あたしは屈んでスカートを下ろす。やっぱり、というべきか。華子ちゃんの下着に染みが広がっていた。華子ちゃんの顔を見上げると、華子ちゃんは両手で顔を覆っている。

そんなに気にする事無いのに、と思うんだけど。やっぱり育ちの違いかな。

「さ、いつまでそうしてるの?」

「だって……」

「あたしは何も見なかった」

「えっ?」

「これでいいでしょ。何も華子ちゃんがそんなに悩む事じゃないの。今日の事は不可抗力だったし、あたしにも責任の一端がある。だから、気にしちゃダメ」

あたしはぎゅっと華子ちゃんの身体を抱きしめる。二人の身長差から、華子ちゃんの顔が丁度胸の谷間に埋まるような形だ。

「センパイ……ありがとうございます」

あたしが優しく華子ちゃんの頭を撫でると、華子ちゃんは小さく嗚咽を漏らした。

「さあ、今日はもう寝なさい」

しばらくして、落ち着きを取り戻した華子ちゃんをベッドに入るように勧める。華子ちゃんはあたしの言葉に素直に従った。

「さて、それじゃああたしはそろそろ帰るわね」

言った途端、華子ちゃんの手があたしの手首を掴んだ。

「どうしたの?」

「……一人に……しないでください」

まだ僅かに瞳を潤ませて、弱々しい声でそんな事言われると困る。非常に困る。ああ、あたしってこういう娘にすっごく弱いの。

「……お願いします」

あーもう、華子ちゃんの体調が良かったら襲ってるよ、絶対に。ホントはそのつもりだったんだけどね。両親のいない夜、酔わせて襲う計画。もっとも、そんなに上手く行くとは思っていなかった。けれど、こんな展開になるとは……。

「ふぅ……しょうがないか」

あたしはベッドに腰掛ける。

「もう、気分は大丈夫?」

「まだ、少し……うっ」

思い出して再び気分が悪くなったのか小さくえづく。この様子だとまだちょっと不安ね。あたしは少し考え、部屋の中を見回した。

「センパイ?」

ベッドを離れ、手にはまだほとんどごみの入っていないごみ入れを持って戻ってきたあたしに、華子ちゃんがどうしたの? と尋ねる。

「念のために、ね」

「??」

まだ分からない、そんな感じだ。

「もしかしたら、また吐くかもしれないでしょ。その時はここに……ね」

華子ちゃんは小さく頷いた。

「よし。それじゃ、華子ちゃんが寝るまであたしが傍にいてあげる」

「本当に、今日はありがとうございます」

華子ちゃんは瞳を閉じた。

その後、三十分ほどの間に華子ちゃんは、二度ほど目を覚ましてごみ入れに少量のゲロを吐いた。だが、一時間もすると落ち着いた寝息に変わっていた。

そして、あたしもいつの間にか眠りに落ちていた。

窓から差し込む朝の陽光と鳥のさえずりに刺激されてあたしは目を覚ました。起きた直後、自分がどこにいるのか分からなかったけど、華子ちゃんの寝顔にあたしは全てを思い出した。

たぶん、昨日のあの状態では華子ちゃんは酷い二日酔いになるだろう。あたしは、そっと部屋を抜け出して近くの薬局へ二日酔いの薬を買いに走った。

戻ると華子ちゃんはまだ眠っていた。起こすのも悪いなと思い、書置きと薬と水を置いてそっと部屋を後にした。

あたしは、一度家に戻り着替えると会社へと向かった。

そして華子ちゃんは、入社以来初めて会社を休んだ。