『変化の予感?』

勉強机の上に置かれた時計の針は日が変わった事を指し示している。いつもであれば既に布団にその身を委ねて夢の狭間を漂っているであろう時間。藤崎綾佳は真剣な表情で、机の上に広げられたノートに愛用の0.5mmのシャープペンを走らせている。

癖の少ない綺麗な文字がノートを着実に黒く染め上げて行く。

直前に迫った一学期の中間テストに向けて、最後の追い込みの最中であった。

グルル……。

室内に小さな、不気味な音が響いた。

それまで軽快な動きでノートの上を走っていたシャープペンの動きが一瞬止まる。左手でお腹をさすり、少しの間そうやっていたが、再び何事も無かったかのようにシャープペンをノートへと走らせる。

だが、先ほど発生した不気味な音はその後も断続的に続く。そして、そのたびに手を止め、お腹をさすり、時折辛そうな表情を浮べる。更に時間の流れと共に綾佳の顔に焦りのようなものが生まれ、落ち着きが無くなっていく。

ギュルル、ギュル……。

一際大きな音が室内に響いた。綾佳の表情が歪み、小さな口から「あっ!」と、声が漏れる。少し慌てた様子になり、ペンを机の上に置き、席を立って部屋の出入り口へと早足で向かった。

勢いよくドアが開かれ綾佳がトイレの中に駆け込んできた。パジャマのズボンをもどかしそうに下ろし、そのままの勢いで便座へと腰を落す。間髪入れずに綾佳のすぼまっていたお尻の穴から茶色の半分以上が液体となった下痢便が噴出する。

一度、二度、三度と大きな排泄をするたびに、綾佳の身体が、ぎゅっ、と緊張する。そして、排泄が途切れると今度は身体が弛緩する。

「はぁ〜」

強烈な排泄が治まり、綾佳は盛大に溜め息を漏らす。

ここ数日、綾佳はずっとお腹の調子が良く無かった。

その原因については綾佳もなんとなく分かっていた。ふと気を抜いた時に、よく頭に浮かんでくる一人の女性。美貌のクラスメイト真理原絵梨那だ。絵梨那は綾佳に対して、テストに負けた事で、相当にプライドを傷つけられたのか、綾佳の嫌がるような事を時折強要するようになっていた。だが、おとなしい性格の綾佳は、背も高く気も強い絵梨那に対して逆らう事は出来なかった。

その事がストレスの要因となっているのだと思う。

更に、テストが近づきテスト勉強へのストレスといつもより少ない睡眠時間。おそらくこれも影響しているのだろう。

そして、もう一つ。綾佳の心に不安の影を落す要因がテストの結果であった。もし、再び絵梨那よりも上だったとしたら、その時絵梨那はどのような行為に走るのか?

綾佳の不安を感じ取ったのか、再びお腹は悲鳴をあげた。

「残り時間は五分です。名前の書き忘れの無いように、ちゃんと確かめて下さい」

テストの監督教諭は、チラリと時計を見てそう言った。

何時になく張り詰めた空気を漂わせるテスト中の教室。その緊張が一瞬乱れ、再び張り詰めた空気に戻る。

テスト最終日、最後の時間。生徒達は残された僅かな時間を有効活用しようと真剣な表情で見直し・ラストスパートに移る。そんな中で一人テスト用紙に向かうでもなくどこか落ち着きの無い生徒がいる。

朝から少しお腹の調子が悪い事を感じていた綾佳は、最後の科目の時間になって激しい便意に襲われていた。周りに気付かれないようになるべく冷静を装っている。しかし、もし誰かがその様子を、顔を上げて見たのなら不審に思うだろう。だが、生徒達はみんな目線を下へと向けいる。ただ一人を除いて。

完璧と自画自賛する出来で見直しも終えた絵梨那は、ふと綾佳の事が気になって頭を上げた。そこにはどこか落ち着きの無い様子の綾佳がいた。何事かと気になり、しばらくの間その様子をうかがう絵梨那。そして理解する。綾佳がトイレのそれも『大きい方』を我慢している事に。

キーンコーンカーンコーン。

テストの終わりを告げる鐘が鳴り、監督教諭がテストを集めるようにと声を掛けるか掛けないうちに、最後列の生徒が順番にテストを集め、教壇の上に置いていく。

「みなさん、お疲れ様でした。今日はもうこのまま解散してもかまいません。……ただし、テストが終わったからと言って、ハメを外さないように」

ざわつく教室、監督教諭が教室を後にすると、張り詰めた空気は、テストという重圧から開放された少女達の強烈なパワーで吹っ飛んでしまった。ある生徒はテストの結果に関して話し合い、またある生徒は今日の予定を話し合い、そしてまたある生徒はクラブ活動の準備に入る。

その中で一人、綾佳は素早く帰り支度を済ませると教室を一番に飛び出した。絵梨那もすぐに帰り支度を終え、取り巻きの気付く間も無く教室を後にして、綾佳の後ろを追いかける。

後ろから絵梨那が後をつけている事にも気づかずに、綾佳はまっすぐ前を見詰めて歩き続ける。

だが、その動きが一瞬止まる。

絵梨那の位置からは見えないけれど、何故そこで止まったのかは分かる。ちょうどそこはトイレがある場所なのだ。絵梨那はそーっと綾佳の次の動きを見守る。

しばし、トイレを見つめていた綾佳だが、再び歩き始めた。

すぐに追跡を再開した絵梨那がちょうどトイレの前を通りかかった時、何故綾佳がトイレに入らなかったのか、その理由が分かった。「清掃中」と書かれた小さな看板が立てかけられ、トイレの中では清掃員がホースで汚れを洗い落としていた。

二人の通う中学校へ通う生徒達の登校手段はバス・電車・徒歩・自転車のほぼ四種類からなり、綾佳はこのうちの電車による通学をする生徒であった。

校門を出て、学校の前を通る大通り沿いにおよそ二〜三分歩くと駅へと到着する。その道を、さきほどの校舎で見せた勢いを失い、時折お腹に手を当てつつ綾佳は歩いて行く。

そして、綾佳がホームに辿り着いた、その時。丁度、電車もまた到着した。

絵梨那は綾佳が電車に乗るを確認すると、隣の車輌へと綾佳に気付かれないように乗り込み、連結部の近くからそっと綾佳の様子を見る。

じっ、と外を見て、席がほとんど空いているのにも関わらず立っている綾佳。今は波も来ていないのか落ち着いた様子だ。その姿を見ながら、絵梨那は少し考え込んだ。このままずっと、この場所から様子を見続けるのか? それとも、綾佳の傍に行って声でも掛けて反応を見るか? ……どっちが良いかしら?

ここから様子をうかがうのも面白いかもしれない。だが、それ以上に近くに行って色々とちょっかいでも出した方が面白そうだ。そう判断すると絵梨那は隣の車輌へと足を向けた。

「あら、奇遇ですわね?」

歩きながら考えておいた台詞を、ごく自然な口調で口にする。

外を見つめている綾佳の全身が滑稽なくらいに過敏な反応を示す。恐る恐る、綾佳が後ろを振り向き、目の前の人物の姿をその視界に捉えて固まる。

「まっ……真理原さん」

予想外の人物の登場にパニックに陥り、頭の中では疑問符が渦を巻いている。それでも、なんとか口を開いて、その言葉を搾り出す。

予想以上の反応に絵梨那は嬉しくなった。

「……っ」

張り詰めた表情で硬直していた綾佳の表情が少し険しくなる。便意が綾佳の身を襲っているのは、間違いない。

薄く笑みを浮べる絵梨那。何かに耐えるように俯く綾佳は、その表情を見ることも無かった。

「どういたしましたの?」

少し、優しく声を掛けてみる。

「なんでも、無いです……」

綾佳は嫌な予感をひしひしと感じ取り、お腹の調子が悪い事を悟られないようにと上を向き、笑みを浮べて「なんでもない」事をアピールする。

「本当に、大丈夫です」

「そう……」

虚勢を張っている事を見抜いてる絵梨那は、どうせまだ時間もあるのだし、とここは敢えて深く突っ込まない事にした。

どちらにしろそう長く我慢も続かないでしょう。

絵梨那自身はどちらかと言うと丈夫な胃腸の持ち主で、これまでにお腹を壊した事はあまり無かった。だが、それでも今までに何度か体験した下痢の猛威は、とてもではないが長い時間耐えられるもので無かった。いつ頃から綾佳が便意と腹痛に耐えているのか分からないが、そんなに長く我慢が続くとも思わなかった。

近いうちに、必ず私の目の前で「トイレに行かせて下さい」と言うだろう。その時をじっくりと待とう、そう思った。

その絵梨那の考えとは裏腹に、綾佳は着実に破滅の時へ向かって進み始めていた。先ほどまで治まっていた波は、絵梨那の登場と共に激しさを増している。必死にお尻の穴をすぼめて排泄する事に抵抗をする。だが、次々と波が襲いかかり、少しずつ堤防は綻びを見せ始めていた。

そして、堤防は絵梨那の次の一言で決壊し始める。

「テストの結果はいかがでしたの?」

何気ない一言。だが、その言葉は綾佳の感情を、そして更にお腹の中のグロテスクな茶色の悪魔を揺り動かす。

ブシュ……。

ぬるり、とした感触が綾佳のお尻を包み込む。小さな綻びから液状の便が僅かに漏れたのだ。決して多くは無い量だが、綾佳に与えた影響は計り知れない。

絵梨那も僅かに響いた水っぽい音、そして明らかに色を失った綾佳の顔から何が起きたのかを察した。

「どういたしましたの?」

先ほどと同じように、だが先ほどと違い優しさを排した声で問い掛ける。

だが、下を向いた綾佳からは何も返って来ない。絵梨那の言葉は綾佳には聞こえていなかった。綾佳はショックと更なる脅威へ必死に耐える事で頭の中がいっぱいになっていた。

だが、一度小さな穴の開いた堤防にもう大きな波を耐える力は残っていなかった。

ブリュ、ブブッ、ブリュブビビッ。

車内に下品な破裂音が響き、すぐに強烈な臭いが立ち上る。

綾佳のお尻の防波堤は決壊し、一気に茶色の濁流が溢れ出した。長時間我慢を続けた結果、綾佳の便のそのほとんどは液体となり、綾佳の小さなパンツをあっという間にいっぱいにして、隙間から溢れ出して重力に従い下へと向かう。そして、綾佳の足元に茶色の海は一気に広がっていった。

数少ない車内の客は、音と臭いの発生源である綾佳に好奇と嫌悪の入り混じった視線を向ける。

「あらあら、はしたないわ、こんな所でお漏らしだなんて」

小さく、綾佳にだけ聞こえるほどの小さな声で囁く。傍目には絵梨那が綾佳を慰めているように見える。だが、絵梨那は予想をはるかに上回る結果に喜んでいたのだ。

俯いたままの綾佳。その肩が小さく震えている。

そして、茶色の海に、何かが落ちて行く。涙だ。

「ひぐっ、えぐっ……ううっ」

次々と涙が零れ落ち、綾佳は嗚咽を漏らす。

綾佳の泣き声に、絵梨那もさすがにやり過ぎた事に気がついた。そして、華奢な身体を振るわせて泣きつづける綾佳に、奇妙な感情の芽生えを感じていた。

心の声が、なんとかしなければと告げている。なんとかしなければ……。そんな絵梨那の願いを神が聞き届けたのか、目の前で突然電車のドアが開いた。いつの間にか次の駅へと到着していたのだ。

絵梨那は車内の好奇の視線を投げかける人々を怒りの篭った眼差しで睨みつけ、そっと綾佳の肩に手を回して「歩ける?」と尋ねると、綾佳の返事も待たずに引き摺るようにして電車から降りた。

そして二人は無言のまま駅のトイレへと向かった。

狭い駅の個室の中の二人。元々、決して良い臭いのしない空間に、綾佳の漏らした下痢の臭いが混じり強烈な臭気となっている。

個室に入っても小さくしゃくりを繰り返している綾佳。その横で何やらごそごそとしていた絵梨那は、やおらポケットからハンカチを取り出すと綾佳の目の前に突き出した。

「とりあえず、これでそのみっともない涙をお拭きなさい」

「えっ……」

そこでようやく綾佳は現状を理解した。絵梨那があそこから綾佳を救い出してくれたのだ。

絵梨那の言葉に素直に従い、綾佳は傍目にも高価そうなハンカチでおそるおそる涙を拭き取っていく。

「さて……このままじゃ、どうしようもありませんわね」

言われて綾佳は絵梨那を見上げ、絵梨那の視線が綾佳の足元に落ちているのに気付き、同じように足元へと視線を移す。そして、そこにある惨状に衝撃を受けた。スカートの中から覗く両の足の内側が茶色に染まっている。

「藤崎さん、後ろを向いて下さらない?」

何事だろう、と思いつつ絵梨那の言葉に従い後ろを向く。すると、突然スカートが捲り上げられ、絵梨那の手が綾佳のシューツの端を掴む。

「えっ、ちょっと……あのっ」

突然の事に驚きの声を上げる綾佳を「いいから私の言うことをお聞きなさい」と一喝する。その強い口調に綾佳は反論する気力を失い、絵梨那のするがままに任せる事にした。

「まったく……おとなしく学校のトイレに行けば良かったのに」

慎重に、手に汚物が付かないように細心の注意を払いながら、ショーツを着実に下ろしていく。

「でも……」

「そうですわね、わたくしも学校のトイレで大きい方だなんてまっぴらですわ」

片足ずつ、ショーツからそっと抜き出して、ショーツをゴミ入れに放り込む。そして、トイレットペーパーを手に取る。

「でも、我慢しすぎて途中でお漏らししては本末転倒ですわ」

クツ下を脱がせると、トイレットペーパーでお尻から下へと丁寧に汚れを拭き取っていく。

「で、替えの下着は用意してますの?」

その言葉に、綾佳はノーパンで帰らないといけないのだと気付き表情を曇らせる。

「まったく……仕方ないですわね」

溜め息を放ち、絵梨那は鞄の中から小さな刺繍も鮮やかな袋を取り出す。何だろうと見つめる綾佳の目の前で、その袋からショーツが姿を見せる。驚き目を瞠る綾佳。

「ショーツの替えぐらい用意しておくのは淑女のたしなみですわ。はい」

手渡された絵梨那の替えのショーツは信じられないぐらいに綺麗で肌触りも心地良い。

「何を見とれていますの。早くお穿きになりなさい」

慌ててショーツを穿く綾佳はいつものショーツと明らかに違う感触の良さにただ驚くばかりであった。絵梨那はそんな綾佳の姿を見つめ、満足そうに頷いた。

「それじゃあ出ますわよ」

二人は個室を後にした。

結局、絵梨那は綾佳を自宅まで送って行った。

何故、そんな気持ちになったのか絵梨那にもよく分からなかった。

「あの……今日は……ありがとう」

少しの恥ずかしそうにしながら、ぺこりと頭を下げ礼を述べる綾佳。そこにはいつも絵梨那に対して見せていた不安・恐怖といった負の感情は存在しない。

「気にしなくてよろしくてよ」

絵梨那は少し冷たく言い放つと、まだ何かを言いたそうにしている綾佳を横目に、途中で連絡をして呼んでおいた自家用車に乗り込んだ。

「それではごきげんよう」

絵梨那を乗せ、颯爽と走り去る車。そして、もう一度頭を下げる綾佳。バックミラー越しに綾佳の姿を見つめていた絵梨那は、綾佳の姿が見えなくなると鞄からデジカメを取り出して、慣れた手つきで操作する。ボタンを押す度に画面が次々と変わる。そして、ある場面でボタンを押す手が止まった。

そこにはトイレの個室で下痢を漏らして立ち尽くす綾佳の姿が映し出されていた。