『ルームメイト』

「うっ……くっ……はぁはぁ」

お尻に力を入れるたびに、ぶじゅー、っと音がトイレに響く。

そのたびにほとんど水に近い下痢が間断なく迸る。

ぶびゅ、ぶじゃ、ぶじゃびしゃーー!!

苦痛に顔を歪めながら、何度もお腹をさすっては下痢をぶち撒ける。

不覚だった。まさか既にあの女が部屋に戻っているなんて。

今頃トイレの方を見つめてにやにやしているに違いない。

「ふっ……はぁはぁ」

ぶっ、ぶりゅ、ぶぶっ、びちゃびちゃーー!!

下痢はなかなか止む気配をみせない。

無理をして夕食を食べるんじゃなかった。

食べた直後から、再び下痢が始まり、少し吐き気もする。

だが、あの女の前で弱みなんて見せられない。

あの女、篠塚奈々絵の前では……。

水の流れる音と共にゆっくりとトイレのドアが開き、中から真っ青な顔の委員長こと来瀬つかさが重い足取りで出て来た。

いつもの切れ味するどい委員長からは想像出来ないほど生気のない疲れきった表情だ。

「長いな……」

篠塚奈々絵は、心の中では少し心配しつつも、いつものようにケンカを売るような言葉を口にする。

いつもならここで委員長は、鋭い目つきで睨みつけながら言い返してくる筈だ。

しかし、奈々絵の目論見を委員長はあっさり無視して、ふらふらと自分のベッドに近づくと寝巻きに着替え始め、着替え終わるとベッドへと潜り込んだ。

まだ八時半だ。奈々絵が思っている以上に委員長の調子は悪いようだ。

奈々絵と委員長は犬猿の仲として学校ではよく知られている。

全五クラスのうちもっとも成績の良い生徒が集まる一組で一年の時から委員長を務める来瀬つかさは、奈々絵から見ると真面目で堅苦しい。

その委員長は教師から頼まれているのか、それとも本人の意思なのかわからないが、一昔前の不良少女のようなロングスカートに好戦的な目つきで時々授業をサボる奈々絵に対して、事あるごとに突っかかって来た。

そして、二人の関係に更に追い討ちをかける出来事が発生する。

二年生になった二人は一年の頃から寮生活をしている。委員長がどのような理由で寮生活なのかは知らないが、奈々絵の場合は両親が娘がもう少し大人しくなる事を期待して寮に入れたのだ。

寮は基本的に二人部屋となっており、一人余りが出た時だけ三人部屋を使う。そして、年に一度、部屋割りが進級と共に発表されるのだ。

その日、奈々絵は早々と組み合わせ発表を見に寮の掲示板へとやって来た。奈々絵は意外にも早起きで、人込みはあまり好きではない。だから、早めに行ったのだ。そして、そこでなんとも苦々しい表情となった。

その後、生徒達が次々とやって来る中、一人朝の散歩をしていた奈々絵の耳に委員長の「なんですってーーーー!!」という絶叫が聞こえて来た。

委員長の猛抗議も実らず、二人は相部屋となってしまう。

二人の部屋での会話は事務的なものと言い争いの二つしかない。だが、奈々絵は同じ部屋になって委員長の今まで見えていなかった部分が見えた事によって、敵意はほとんど無くなっていた。むしろ、最近では委員長をからかうのが楽しくて仕方ないのだ。

ベッドの上の委員長をぼーっと見つめながら物思いにふけっていた奈々絵は、軽く伸びをすると自分の机に向かい勉強を開始した。

早く寝なさいよ!! 心の中で激怒しつつ委員長は布団の中でその時を待つ。

寮の消灯時間は夜の十時。そして、朝は六時起床。

現在の時刻は、少なくとも十時は過ぎている。

だが、奈々絵はいまだに机に向かって何かを続けている。

何を?

学園一の不良少女・問題児等と言われているが、奈々絵が起こす問題は授業をサボるぐらいだ。

もちろんサボりはよくない事だが、同じ部屋になって以来密かに監視して来たが、いつも部屋で机に向かっている姿しか見た事が無い。

一体、何をしているの?

委員長は戸惑う。考えてみれば奈々絵の事を何も知りはしないのだ。それでも、他の生徒に比べては知ってる事は多いが。

だが、今はそんな事を考える時ではない。

再びお腹の調子が悪くなって来ているのだ。先ほどから、布団の中で身体を「く」の字に曲げてお腹をさすっているが、痛みは引くどころか便意がますます強くなって来ている。

ぎゅっと目を閉じ、意識をお尻に集中させる。

早く寝なさいよ!! 再び心の中で毒づく。

ガタッ、と音がして奈々絵が机から離れる気配が伝わる。

ほどなくして、寝巻きに着替えた奈々絵はベッドにやって来ると、少し立ち止まり委員長の方をじっと見ると二段ベッドの上へと登っていった。

何よ、今のは!! 気付いてはいけない何かに気付いてしまった、そんな気持ちになる。

「……っ!!」

もう、我慢出来ない。まだ、寝たとは思えない。だが、これ以上は無理だ。

委員長はそっとベッドを抜け出すとトイレへと向かった。

寮の部屋にはトイレがついている。そこは、二重構造となっており、最初のドアを開けると洗面所、そして次のドアの先にトイレがある。

一つ目のドアを引くと、中に飛び込む。

「ぁ……!!」

少し声が漏れる。

ぶぴゅ、と小さく音がした。

少し、漏らしてしまったのだ。

「っ……」

ぎりり、と唇を強く噛むともう一つのドアを開ける。

もう、お尻から液状の下痢はドロドロと流れ始めている。

便座にお尻を向けると、ズボンを一気に引き摺り下ろす。

ぶしゃーーー!!

お尻からもの凄い勢いで液状の下痢が排泄される。

「っ……くっ、はぁ……」

びゅっ、ぶりゅ、ぶじゃああーー!!

お腹をさするたびに下痢が水鉄砲のように排泄される。

何気なく俯いた視線の先、丁度パンツのお尻部分に茶色の染みが出来ている。

羞恥心から顔を真っ赤に染める。

「っ……」

だが、その表情はすぐに苦悶に逆戻りする。

苦しそうに息むたびに、びゅっ、びゅっ、と茶色の液体がお尻から噴き出す。

「はぁはぁ」

下痢が途切れると苦しそうに息をする。そして、また下痢は続く。

トイレに委員長が入ってから既に二十分以上は経過している。

少し気になり出した奈々絵は様子を見に行くべきかと逡巡する。

だが、下手にこっちから動けば委員長を頑なにさせてしまう。

どうしよう。

奈々絵が思案していると、トイレのドアが開き中から委員長が出て来た。

委員長はまっすぐにベッドには戻らず、自分の着替えのある棚へと向かうと、着替え始めた。

奈々絵は上からそっと様子をうかがう。委員長は下を穿いていない。

まさか、お漏らし? それで時間がかかったのか。ここは、知らないフリをしたやるのが賢明だな。そう思った奈々絵は静かに布団をかぶり目を閉じた。

だが、眠れない。

見てはいけないものを見てしまった所為なのか、どうにも興奮して目が冴えてしまった。

だれぐらい経ったのか奈々絵には分からない、だが下で寝ている委員長が何やらごそごそしている。

「はぁはぁ……」

苦しそうな息遣いが下から聞こえてくる。

どうしたのだろう? これまでとは明らかに違う息遣いだ。

「おえっぇぇぇ!!」

突如、不気味な声と共に、バシャバシャ、と何か液体が零れるような音が下から聞こえた。

一瞬何事かと奈々絵は思ったが、その後部屋に広がったすえた臭いで原因がわかった。

委員長が、嘔吐したのだと。

委員長は初め何が起きたのか分からなかった。

先ほどから苦しくて気持ち悪くて何度も寝返りをうっていた。しかし、急に意思とは無関係に身体が跳ね上がると、それは起こった。そして、大きな音と、両手と胸元の温かな感触だけが残っている。

強烈な臭いが答えを教える。委員長は自分が嘔吐した事に気がついた。

上半身を起こした状態で呆然としている委員長。

「おぇ、えっ、げぶっ……げぇぇぇーーーー!!」

再び、少し嘔吐すると、一つえづき、今度は激しく嘔吐する。

布団の上には委員長の吐瀉物がこんもりと山を作っていた。それはほとんど未消化の夕食で出来ている。

「ちょっと、大丈夫?」

慌てて降りてきた奈々絵はその臭いに顔をしかめつつも、委員長に声を掛ける。

「うっ……!? げほっ、お、おえぇ、おげえぇぇぇ!!」

だが、それに答えようと口を開いた委員長はまた嘔吐する。

奈々絵はそっと委員長の背中をさすってやる。今出来る事はこれぐらいだ。

次々と口から溢れる吐瀉物。その量はかなり多い。

「……って」

「えっ?」

小さく、委員長が呟く。だが、何を言ったのか聞き取れない。

「……トイレに」

また、お腹の調子が悪くなった委員長は、吐瀉物でべちゃべちゃに汚れた手でお腹をさする。そのお腹から、ぎゅるる、と音がした。

「立てるか?」

奈々絵は手を差し伸べる。委員長はその腕をぎゅっと掴み立ち上がろうとする。しかし。

「やっ、ダメ!? 見ないでーーー!!」

委員長が突然叫び声を上げる。

ぶじゅっ、ぶじゅーーー!!

汚らしい破裂音が委員長のお尻のあたりから聞こえる。そして、嘔吐とは違う強烈な臭いが奈々絵の鼻を掠める。

立ち上がろうとしていた委員長の足元に茶色の水溜りが少しずつ広がり、寝巻きのお尻あたりからポタポタと液体が滴り落ちている。

「いっ……委員長」

奈々絵には掛けるべき言葉が見つからない。

「おっ、おい!?」

奈々絵の腕を掴んでいた委員長の身体が、前のめりに崩れ落ちる。

奈々絵は慌ててその身体を支える。

その時、奈々絵の手が委員長の額に触れた。とても熱い委員長の額に。

あの日から三日が経過した。

先生の話しでは「ウイルス性の風邪」という事らしい。

「ふぅ……」

小さく溜め息をついて奈々絵は机に肘をついて、窓の外の景色をぼーっと眺めている。

あれ以来、一人となった部屋。何かが、大切な何かが無くなってしまったような感覚がずっと続いている。

その時、部屋の入口が僅かに音をたてて開く。

だが、奈々絵は気付いていない。いつもの奈々絵なら在り得ない事だ。

「何やってるのよ」

「っ、うわっ」

ふいに、すぐ近くで聞き慣れた声がした。いきなりの事に奈々絵は驚きの声を上げる。

振り向くと委員長が立っている。まだ、調子が万全では無いのか、顔色が少し悪い。しかし、視線には強い力が甦っている。いつも見慣れた委員長だ。

「珍しいわね」

委員長が嬉しそうな笑みを浮べる。

「何が……」

奈々絵は憮然とした表情だ。

「あなたの、驚いた顔。初めて見た気がする」

「そうか?」

奈々絵は不思議そうに委員長を見つめる。

「えっと、あの……」

委員長の方も珍しく照れたような表情で俯きながら言葉を発する。

何事かと奈々絵がまじまじと委員長の目を見ると、ふい、とそっぽを向いた。

「……迷惑かけてごめんなさい、それと、その……ありがとう」

奈々絵も少し照れくさそうな表情になる。

「あー……その、なんだ。今度からは調子悪かったら、ちゃんと言いなよ」

「……ええ」

何かが変わり始めた。二人はそんな予感を感じ取っていた。