藤沢由加里には特殊な性癖があった。
それは、自分自身が嘔吐やお漏らし、それも大きい方をする事に対して不思議な興奮を覚えるという事であった。
全ての始まりとなった中学三年秋の出来事。
それ以来、由加里は時折、自らそういった状況に置かれる事を繰り返して来た。
そして、今日もその日はやって来た……。
沢山の食べ物が所狭しと並べられた机に向かって、一人の少女が木製の椅子に腰掛けている。
藤沢由加里という名を持つその少女は、少し緊張しているのか蒼褪めた表情で机の上の食べ物を見つめている。
机の上に並べられた食べ物は、由加里が近所のスーパーで調理する手間のあまりかからないものばかりを選んで買ったのだ。
和洋中問わず様々なものが並べられている。そして、飲み物にはコーヒー牛乳。見ているだけで気分の悪くなりそうな混沌とした取り合わせだ。
先ほどから、手を出しかけては躊躇していた由加里だが、時計の針に目をやると、猛然と食べ始めた。
日頃から小食な由加里にとっては食べきれない量の食べ物を次々と口に入れていく。
しかし、やはり普通に食べてはそれほど量は入らない。少しずつ食べる速度は落ちて行く。すると由加里は机の脇に置いたコーヒー牛乳を開封し、それを使って食べ物を流し込んでいく。
時折苦しそうに上を向いて、お腹の中の空気を出すと、再び一心不乱に食べる。
食べ始めて一時間半。机の上の食べ物の七割が、由加里の細身の身体の中に収められた頃、ついに由加里の箸を持つ手の動きが止まった。
苦しそうな表情を浮かべ、顔を少し上向きにして胃の内容物が逆流しないように注意しながら椅子に腰掛けて時の流れるのを待つ。すぐに動かないのは、すぐに動くとその場で戻してしまうからだ。
もう動いても大丈夫。そう判断するとゆっくりと席を立つと、隣の部屋に向かう。
隣の部屋は衣裳部屋となっており、両親──主に母親から──送られた沢山の高価な衣服が置いてある。
衣裳部屋に置いてある大きな鏡。由加里はいつもここで出かける前に自分の姿をチェックするのだ。
今日の由加里は母が送ってきたシックな装いのお嬢様風の服装。
鏡には少し気分の悪そうな顔をした「お嬢様」が映し出されている。
「……お腹、こんなに膨れてる」
言葉通り、ぽこっ、とお腹が膨らんでいる。細身だけに余計に目立つ恰好だ。由加里はそっと自分のお腹をさすってみる。
ぎゅるぎゅる、とふいに小さな音がお腹から聞こえて来た。そして、相変わらずの吐き気は今も続いている。
……もう、そろそろ時間かな。
もう一度鏡で自分の姿を確認すると由加里は玄関へと向かった。
玄関の脇には沢山の靴が綺麗に並べられている。由加里はその中から現在の服装と合いそうなのを履く。この作業は決して楽なものではない。あまり前のめりになると吐いてしまうからだ。
なんとか靴を履き終えると由加里は玄関のドアを開いて外へと出た。丁度その時、隣の家のドアも開き、中から三十代半ば頃の美しい女性が姿を現した。
女性は容姿と反するような野暮ったい服装に、これまた似合わないゴミ袋を手に持っている。
由加里の住んでいるマンションは都内の外れにある高級マンションで、住んでいる人の多くは不規則な生活をしているのかほとんど出あったことが無く、近所付き合いというものはほとんど無い。
そんな中で、由加里の家の隣に住んでいるこの女性は、何度か話しをした事もある女性だ。
女性は由加里の姿を見つけると小走りに由加里の横までやって来た。
「こんばんは。こんな時間からしておでかけ?」
「えっ、ええ……まあ」
いつもは礼儀正しい由加里にしては珍しく歯切れの悪い返事なってしまう。さすがに、こんな場所で人に出会うとは思ってもみなかったし、この女性もこのところ姿を見かけていなかった。
由加里は一瞬お腹に気付かれないか心配になったが、女性の方は全然気付いていないのか別の事を聞いてくる。
「今日の服、素敵ね。もしかして、彼氏とデートとか?」
エレベーターのボタンを押そうとしていた由加里は突然の言葉に一瞬硬直すると、慌ててボタンをしっかりと押した。
「そっ、そんなんじゃないです!!」
つい力一杯否定する。だが、それは逆効果だったようだ。
「またまた、そんなに否定するなんて怪しいわ」
女性は楽しそうに追い討ちをかけてくる。
「い、いえ、本当です……あっ、ほらエレベーター来ました」
チンッ。その時、音を立ててエレベーターがやって来た。由加里はこれでこの話しは終わりよ、と言わんばかりの勢いでエレベーターへと乗り込む。
由加里が一階への、ボタンを押すとエレベーターが動き出す。
「うっ……」
一瞬の浮遊感に胃の内容物がせり上がってきた。
「大丈夫?」
女性が心配げに声をかける。
「ごめんなさいね。ゴミなんて持ってエレベーターなんかに入るんじゃなかったわ」
勝手にゴミのせいにする女性に由加里は救われた。
「……はい。大丈夫です」
チンッ。エレベーターが一階に到着する。
「それじゃあね」
女性はそういうとゴミ捨て場へと向かっていった。
由加里はその姿を見送ると、ふぅ、と一つ溜め息をついた。まだ、スタートしたばかりなのにいきなりの難関に心臓がドキドキしている。
一つ、気持ちを落ち着けると由加里は目的へと向かい歩き始めた。
今日の目的地は、家の近くにある公園だ。街の外れにあり、大きさの割に何故か人の少ない静かな公園。由加里も時々、散歩するお気に入りの場所である。
公園への道はそれほど複雑ではない。
マンションの北を向いた裏側沿いの東西に伸びる道を西へと歩いていく。由加里の住むマンションと同じようなマンションが四つ並んでいる。それが途切れる交差点に辿りつくと今度は信号を渡って北に進路を取る。並木道となっているこの道を、橋を一つ越えるまで歩くと公園は見えてくる。
由加里は公園に向かって人通りの少ない道を吐き気と便意に耐えながら歩いていく。時折込み上げて来るものを耐えるために立ち止まり、漏らしそうになるたびにお尻の穴を、きゅっ、とすぼめる。
やっと橋に辿り着いた。
橋の上で足を止めた由加里は、雲一つない夜の闇を見上げる。夜空には星々が瞬いている。
「んっ……」
急にお腹がぎゅるぎゅると鳴り、痛みに顔をしかめてお腹を押さえる。
……急がないと。由加里は再び歩き始めた。
一歩一歩歩くたびに、下腹部から強烈な痛みが押し寄せ、便意は強さをましてくる。
やっとの事で公園まで辿り着くと、公園の入口の車止めに両手をついて苦しそうな表情でへたり込む。
「……はぁはぁ……ぐっ、ううっ……」
一瞬の気の緩み。その間隙をついて再び胃の内容物が逆流してくる。由加里の口内まで一気に押し寄せて来た吐瀉物を、なんとか口を押さえて必死に喉を鳴らして再び飲み込む。
口の中には気持ち悪い感触が残る。
ぎゅるぎゅる。次はお腹がを音をたてる。上と下から寄せて返す波のように襲いかかり由加里に休む暇を与えない。
ぶぴゅ。
「あんっ……」
一瞬声が漏れる。耐え切れずに少し便を漏らしてしまったのだ。お尻がほんのりと温かくなる。
……少し、出ちゃった。恍惚と恥じらいが入り混じりなんとも複雑な表情を作り出す。
由加里はゆっくりと立ち上がると、公園の中に入っていく。
「はぁはぁ……」
限界が近いのがわかる。
……公園のトイレ、あそこまで。今から引き返すのは無理だ。
「あぅ……」
ぎゅるぎゅる、とお腹が激しく音をたてる。
……もう、考えている時間はない。急いでトイレに行かないと。
由加里はお腹を抱えるようにして必死にトイレへと向かう。
……ダメ、お願いだから出ないで。
一歩歩くたびにお尻から、ぶぴゅぶぴゅ、と音をたて液便が漏れる。なんとか出ないようにとお尻に力を入れるが、それも効果なく漏れ続ける。
この状況にはさすがに由加里も焦り出し、歩く速度を上げる。先程よりも更に漏れる量が多くなろうとも気にしない。もうこれ以上由加里には我慢出来なかった。
それに、吐き気もどんどん強くなっている。もう、いつぶちまけてしまってもおかしくないのをなんとか堪えている状況なのだ。
やっとの思いでトイレの入口まで辿り着いた。後、少し。
「ぐっ……!!」
由加里の足が止まる。トイレの入口に立ち尽くす。
「うぇ……げぇぇ、げぇ、げぼっ!!」
あまりの苦しさに由加里はお腹に手を当てて腰を少し落とし苦しげな声をあげて嘔吐し始めた。先ほど食べた食事が未消化の状態で口から、ピチャピチャ、と音をたてて床に零れ落ちる。
ぶっ、ぶりゅりゅ。ぶばしゃあーー!!
更に由加里のお尻からくぐもった音と共に下痢便が噴き出した。次々とお尻から噴き出す下痢便は、あっという間に由加里のパンツを茶色に染め上げると、更に行き場を求めてパンツの隙間から外へと溢れ出す。比較的固形に近い便は重力に引かれ次々と落下し、柔らかい液体に近い便は太腿を伝い、膝、足首、そして足元に大きな茶色の水溜りを作っていく。
「げぇ、げほ、うっ……ぐぇぇ、げぼっ、ぇぐっ……」
嘔吐の方も由加里に休む暇も与えずに次々とやってくる。沢山の食べ物は元は鮮やかな色だったのだが、絵の具を混ぜ続ければ限りなく黒に近づくのと同じように、濃い色の吐瀉物となってゲロ溜まりになっている。
大量の吐瀉物と下痢便からは強烈な臭いが立ち込めている。
「はぁ……はぁ……全部出しちゃった……」
やっと全てを出し終えた由加里は息も絶え絶えな状態だ。肩で激しく息をしながら徐々に呼吸を整えていく。
かなり体力を消耗して、動く事もつらい状態だ。
「んっ」
なんとか力を振り絞り立とうとするが、ぺたんと地べたに力無く座り込む
「こんなに一杯……それもこんな場所でなんて……」
いつかはこうなるという予感はあった。前回の時には途中で少し漏らしてしまったし、その前には家の前でちょっと嘔吐した。だから、いつか外でもっと大きな失敗をするのではと思っていた。しかし、これほどの失敗になるとは思ってもみなかった。
もし、今この瞬間を誰かに見られたらと思うと由加里は怖くなった。
「急いで……帰らないと」
気持ちはそう思っても身体は重たい。それでも、力を振り絞るとよろよろと立ち上がる。
「凄い……」
由加里の足元の吐瀉物と下痢便は互いに混ざり合ってグロテスクな物体に変貌している。
由加里は自分の服にも目を向ける。両親から送られたお嬢様衣装は見るも無残なものになっている。胸元と袖は吐瀉物のまみれ、スカートから下はそのほとんど下痢によって茶色に染まっている。
トイレから外に出ると水道のある場所へと向かう。こんな時でも、トイレの水には躊躇してしまう。
ほどなくして水道のある場所に着くと、おもむろに蛇口をひねる。
「……気持ちいい」
そっと両手を水につけると、両手にひんやりとした感触が伝わる。高ぶっていた気持ちも冷静になっていく。
両手を水でしっかりと洗うと、両手で水をすくう。そっと口に手を運ぶと水を飲み、口をすすぐ。何度かその行為を繰り返すと、今度は足の汚れを水で落としていく。特に靴の汚れはしっかりと落としていかないとマンションの廊下に跡が残るかもしれない。
十分に汚れを落すちたのを確認すると、由加里は家に帰る事にした。
公園の出口まで来ると、そっと外をうかがう。道沿いに人影が無い事を確認した由加里は全力で走って家に帰った。