「……さん」
「んっ……」
「九条さん」
誰かが身体を揺すり、名前を呼んでいる。
聞き覚えのある、この声は──。
目を開くと、沙々羅を見下ろす心配そうな表情の桐華と目が合った。
「私……あ、ごめんなさい」
そう言って、慌てて身体を起こす。
「寝てしまって……」
ここに来るまでのバスで酷く酔ってしまい、激しく嘔吐した結果疲れていつの間にか寝てしまっていたのだ。
「そのことはいいの。それより、もう少ししたら山歩きの出発時間だから、その前に一度声を掛けておこうと思ったの」
「私も行く」
「無理はしない方がいいわ」
桐華の気遣いは嬉しかった。
けれど、一度出発するとしばらく帰ってくることのない山歩き。その帰りを、ここで一人寂しく待ち続けるなんて嫌だった。
「大丈夫。吐き気も治まったから……」
それは本当だ。それほど長く横になっていたわけではないが、すっかり吐き気は消え去っている。
じっと見つめ合う二人。
「分かったわ……」
桐華は少し複雑な表情を見せながらも、納得したようだ。
「でも無理はしないこと」
「うん!」
沙々羅の顔に笑顔が広がった。
「それじゃ、急いで支度しないと……まずは着替えね」
桐華と、少し離れたところで山歩きの準備をする、なつめと真咲。三人とも既にジャージ姿だ。ここに到着してすぐに着替える時間となっていたが、その時沙々羅は眠っていた。
合宿と言っても一泊二日の小旅行。荷物はそれほど大きくないボストンバッグの中に収まる程度だ。その中から、ジャージを取り出す……その時、不意にここに到着した時のことを思い出した。
「あの……ふ、古橋さん」
「んー、何ー?」
「あの……さっきは、その……ありがとう」
「へ? 何かあったっけ?」
「荷物……運んでくれて」
「ああ、なんだそんなこと。いいのいいの、全然問題なし」
全く気にした様子もなくなつめはカラカラと笑う。
「そうそう。むつみは体力だけは有り余ってるから、幾らでもこき使っていいのよ」
そこに真咲の華麗なつっこみが入る。
「あー、酷い!」
突如始まった二人の漫才をBGMに、沙々羅は急いでジャージに着替える。それが終わると、次は小さなリュックサックを取り出して筆記具とカッパ、そして中身の入ってない水筒を詰め込んだ。
「よし! みんな準備はオッケー?」
なつめの言葉に残りの三人が頷いた。
部屋を後にした四人が向かう先は、宿泊棟と繋がった本棟一階の食堂だ。
まずここでお昼ご飯を受け取り、水筒にお茶を入れる手順となっているが、食堂の中は既に行列が出来ている。
四人はその最後尾に並んで順番を待つ。
先ほど大丈夫と言った沙々羅だが、まだ少し不安を感じていた。けれど、その不安は食堂に入って霧消する。
食堂の中にはみんなの為に用意されたお昼ご飯の匂いが充満している。体調が悪い時には、食べ物のにおいを嗅いだだけで気持ち悪くなってしまうことが多く、更に酷い時にはにおいだけで吐いてしまうこともある。
けれど今はそういった感じが全くない。
これだったら大丈夫。
そう思えた。
しばらく待つと順番がやってきた。
風呂敷に包まれたおにぎりとおかずの入った小ぶりのプラスチック容器を受け取り、お礼を言って次はお茶を注ぐ。そして食堂を出ると集合場所に指定されている本棟前の広場へと向かった。
そこには既に多くの生徒が集まっている。まだ整列の時間ではないが、先ほどここで行った入所式の事は記憶に新しく、その時とほとんど同じ位置に自然と列が出来ていた。
四人もクラスの子たちが並ぶ場所へと移動すると、沙々羅の姿に気づいた担任の氷室薫子が沙々羅の傍に歩み寄り声をかける
「九条さん、もういいの?」
「はい。大丈夫です」
「そう……少し心配だけど、分かったわ。でも無理はしない。もし何かあったらすぐに私か狗堂さんに言ってね」
「はい」
「先生の許可も出て良かったわ」
沙々羅と桐華は嬉しそうに微笑んだ。
それからすぐに生徒全員が広場に集まり、出発の時間となった。
クラスごとに整列して、しばらく敷地内を登山口に向かって歩く。
広場から、本館の横を通るとグラウンドが広がり、そこに並ぶ形で体育館も見える。グラウンド沿いに更に進むと、川沿いの道に合流する。川の向こう側には、テントによる宿泊場所も見える。
むつみはテントに止まりたいと楽しそうに話すが、沙々羅は夜になると凄く怖いような気がして、本棟と繋がる形となっている宿泊棟に泊まるというのに大賛成だった。
そこから更に進むと、ついに山の入り口が見えてきた。
ここまではクラスごとに列を作って歩いて来たが、ここから各自自由に登ることになる。
「よし!目指すはもちろん一着だね」
なつめはそう強く宣言し、その横では真咲が呆れた様子で肩をすくめている。それでも、なつめが勢いよく歩き出すと真咲もまた、それに負けないスピードでついていく。
「凄い……」
思わずそう呟いた。
「そうね。さあ、私たちも行きましょう」
桐華も少し苦笑気味にそう言って、二人もまた歩き始める。
元々体力が無いうえに乗り物酔いで酷く消耗した沙々羅のペースは、全生徒の中でも遅い方。気付くと最後尾を歩いていた。
それでも、しんどくても、沙々羅は山歩きに参加して良かったと思っている。それはすぐ隣を歩く桐華の存在があるからだ。
その気になれば、むつみや真咲と同じぐらいのペースでも歩けるはずの桐華だったが、ずっと沙々羅と同じペースで歩き、時に励まし、時に手を引っ張ってくれる。
こんなことは今まで無かった。いつもは、仕方ないといった感じで歩調を合わせる教師だけが、沙々羅の横にいた。
嬉しくて、思わず桐華の手を強く握ってしまい、桐華が不思議そうにこちらを見つめ、少し恥ずかしくなってしまう。
沙々羅は桐華の助力を得て、山道を登る。
木々が繁り、薄暗い山道を登る。
登る。
登る。
「見えてきたわ」
不意に桐華がそう口にして、俯き加減だった沙々羅は顔を上げる。するとその先に、光が見えた。
光の先には、芝生が広がっていた。
山歩きの最終目的地が、ここ月ヶ瀬自然公園だ。
まずは、ここでお昼ご飯の時間となる。
生徒たちは思い思いの場所にシートを広げ、さっそくお弁当を取り出している姿も見られる中、沙々羅と桐華は先に到着していたなつめと真咲の二人と合流した。
いただきますと声を揃え、食事開始。猛烈な勢いで食べ始めるむつみに少し驚きつつ、おそるおそる沙々羅もおにぎりに口をつける。
うん。おいしい。
胃が受け付けない、と言った感じは全くない。
ほっとしながら、それでもゆっくりと少しずつおにぎりを口にする。
食事中、ふと沙々羅は気になって口を開いた。
「一着、だったの?」
山歩きが始まってすぐ、そう宣言したむつみのおひさまのような笑顔は凄く印象的だった。
「ああ、あれね。もちろん! 余裕とは行かなかったけど、まあ、最後のラストスパート勝負になったけど、スプリントじゃ負けないからね」
「じゃあ……最後は走って?」
「いやー、さすがにちょっときつかったよ」
カラカラと笑う表情からは、とてもきつかったといった感じはしない。
「す、凄い……」
それからしばらくして沙々羅以外の三人が食べ終えても、沙々羅だけはまだ食べている。少し気になって、周りを見回しても、まだ食べている子は沙々羅を含めごく僅かだ。
この後は、班ごとに先生からプリントを貰って、そこに書いてある問題の答えを自然公園内を回って探す時間だ。
どれくらい掛かるか分からないのに、いつまでもゆっくりと食べているわけにはいかない。
「ごちそうさま」
まだ少し残っているが、そういって食事を終える。
「まだ残ってるけど、いいの? もしかして体調?」
「ううん。そうじゃなくて、お腹いっぱいなだけ、だから……」
「そう?」
「ねえねえ、それじゃ私食べていい?」
残すぐらいなら、となつめにあげると、あっという間に平らげた。
「ふむ。食った食った。さてさて、それじゃあ一休みして出発と行きましょうか」
一休みしていると、担任の薫子が四人の方へとやって来た。
「残っているのはあなたたちだけよ」
そう言ってプリントを配る。
「大丈夫です。私たちには狗堂さんがいますから」
しれっと言うなつめに真咲が「あんたも働きなさい」と軽く突っ込む。
「私は肉体労働専門なの〜」
もっともむつみも含め、姫城に入る子は誰もが勉強の出来る子だ。
「九条さんもどうやら大丈夫みたいね」
「は、はい!」
「それじゃあ、頑張ってね」
一番最後に近いタイミングで出発した沙々羅たちだったが、優秀な生徒揃いの勢いは目を見張るものがあった。プリントの出題にも次々と答え、さすがに一着とは行かないまでもそれに近い順番での帰還となり、担任の薫子も驚きの声をあげた程だ。
その後はしばらくの間、自由時間となる。
四人は二手に分かれ、沙々羅は桐華と共にあたりを散策する。
一心不乱に問題を解くことに集中していたせいか、周りをじっくりと見る暇もなく、あらためてゆっくりと歩くと、初めて見る植物も多く桐華と時折会話をはさみながら穏やかな時間は過ぎていく。
けれど、そこに忍び寄る黒い影があった。
昼食時までの快晴が嘘のように、いつの間にか空一面が分厚い黒雲に覆われている。
二人も心配そうに空を見上げる。
今にも雨が降り出しそうだ。
「大丈夫かな?」
「どうかしら……」
その時、公園内にアナウンスが流れた。
「姫城女学院の生徒に連絡です。少し予定より早い時間ですが、下山します。すぐに休憩所に集合して下さい」
「行きましょう」
アナウンスの内容は雨が降るのが近いことを告げている。
沙々羅と桐華は急ぎ足で休憩所に向かった。
休憩所の中は照明が点いているにも関わらず薄暗い。
「みなさん、聞こえますか!」
激しい雨音に負けないようにと大きな声で話す教師に、カッパ姿で整列する少女たちの更に後ろに立つ別の教師が両手で丸を作る。
「先ほどの放送でも伝えた通り、予定より少し早いですが、天気が悪くなってきたので今から下山します」
「それでは──」
その時、一人の少女がおずおずと手を挙げる。
「何かしら?」
「あの……お手洗いに」
「そうね。お手洗いに行きたい人はいるかしら? もしいるのなら、今のうちに行っておいて下さい」
その言葉に、何人かの少女が列を離れる。
沙々羅の顔にも少し迷いが見えるが、トイレに行こうとはしない。
それに気付き桐華が声をかける。
「トイレに行かなくて大丈夫?」
「えっ!? うん、大丈夫」
気付かれたことに驚きつつ、そう返す。
実は、少し前からお腹に異変を感じていた。けれどそれはまだまだ微弱なもので、今トイレに行ったとしても、おそらく何も出ない。
降りるまで我慢出来るだろうか? と、少し不安に思う。
しばらくして、クラス順に下山が始まった。
「足下が滑りやすくなっています。気をつけて下さい」
その言葉と共に休憩所の外に出ると、先ほどまでの穏やかな景色は一変していた。
真っ黒な空からは大粒の雨が間断なく降り注ぎ、暗さに加えて雨のカーテンで視界は余計に悪い。また、気温も先ほどより幾分寒くなってきたように感じる。
気温の変化が、お腹に悪い影響を与えないかとますます不安になる。
ところどころ水の浮き上がった芝生の上を歩き、山道に足を踏み入れる。鬱蒼とした木々でますます暗く、足下はぬかるみ、あちこちに小さな泥の川が出来ていた。
「出来る限り、一人にならないで。何人かで行動して下さい。前の人を見失わないように!」
「九条さん」
「な、なに!?」
雨音でも聞こえるようにと桐華が沙々羅の耳元に顔を寄せて話しかける。突然のことに沙々羅は少し驚いた。
「手を繋ぎましょう」
「え、ええっ!?」
「ほら、あそこ」
桐華が少し先を指差す。
そこには手を繋いだ女子の姿。
桐華が手を差し出すと、沙々羅がその手をぎゅっと握る。
そして二人はゆっくりと歩き出す。
沙々羅の嫌な予感はいつも的中する。
雨は少し小降りになってきた一方で、お腹の具合は悪化の一歩を辿っている。
時折、痛みが襲い。便意が少しずつ強くなってきている。
もう、あまり長く我慢出来そうもない。
そして腹痛は歩みにも影響を与える。
どうしても強い痛みや便意が迫ってくると、足取りが鈍くなり、立ち止まってしゃがみたくなるが、さすがにそれは隣を歩く桐華にさとられてしまうので、必死に堪えてゆっくりと歩く。
「どうかしたの?」
何度目の便意だろうか。思わず、足を止めそうになると、桐華が心配そうに尋ねて来た。
「なんでもない……」
そう言って、再び歩き始める。
けれどまたすぐに強い痛みが襲い、苦しげに表情をゆがめて手をお腹に当ててしまった。
さすがに桐華も事態を把握するに至る。
「お腹が痛いの?」
これ以上は誤魔化し通すことは出来ないと、沙々羅は首を縦に振った。
「そう……」
立ち止まり思案したものの、周りにトイレは見当たらずどうしようもない。急いで下まで歩くほかなさそうだ。
何度も立ち止まりそうになり、そのたびに桐華が励ましの声を掛けるが、足取りは重くなる一方だ。
そして──。
最初は、ほんの少しだった。
強烈な便意を堪え、それでも立ち止まるとまた心配かけてしまうと思い、無理に歩いたのが失敗だった。
地面を踏みしめた瞬間に、お尻のあたりにぬるりとした生暖かな感触が広がる。
少し、もらしてしまった。
それでもまだ少量。これ以上はもらしたくない。
けれど、一度限界を突破すると、もう我慢する力はあまり残されてはいなかった。
「っ……」
また激しい便意が襲い、足が止まる。なんとか、これ以上の下痢おもらしを食い止めようとすると、足が止まってしまう。
しかし、また少し。
ブジュ……。
雨音で音が聞こえないのが救いだった。
けれどもう、これ以上の我慢は無理だった。
それから数歩進んだところで、沙々羅は立ち止まる。
「九条さん?」
怪訝そうに沙々羅を見つめる桐華。
「ああっ……!」
思わず小さな叫び声。
ブビュ、ブシャアアアアアアア。
我慢の限界を超えてしまい、一気に大量の下痢が噴出した。パンツをすり抜け、太股にまで感触が伝わる。
あまりのショックに座り込みそうになった沙々羅の身体を、桐華が抱き抱えるようにして支えた。
「くどう……さん……。ごめんなさい、出ちゃった、私……」
「落ち着いて」
そういって桐華は優しく沙々羅の背中をなでる。
その様子に気付いた、しんがりをつとめる女性ガイドがどうしたの?と声を掛けて来た。
桐華は一瞬迷ったが、事情を説明することにした。
「そう……大丈夫? この天気じゃ体も冷えるから、お腹を壊しても仕方ないわ。とにかく、下に降りて、その後は私に任せて」
桐華に支えられるようにして、沙々羅はゆっくりと歩く。
グチャ……グチャ……と、ヌルヌルドロドロの下痢が沙々羅の下半身を蠢いていく。
その感触があまりにも気持ち悪く、泣きたくなる。
ゆっくり、ゆっくりと、それでも歩き続けると山道の終わりが見えてきた。
「遅いから心配してたわ」
そこで待っていたのは二人の担任の薫子だった。
「先生、実は……」
女性ガイドが事情を説明する。
「そうでしたか。九条さん、大丈夫?」
「は、はい……」
「先生、他の生徒さんたちは、順番にお風呂に?」
「え、ええ。幸い私たちの学校しか泊まっていないので、大浴場を両方使わせてもらえることになって助かりました」
「それじゃあ、こちらの二人は体育館のシャワー室を使って下さい。あそこだったら他の子たちはいませんから」
「それは助かります」
女性ガイドを先頭に、四人は体育館の更衣室に入る。
「ここよ」
案内されたシャワー室には沙々羅と桐華の二人だけが入った。
女性ガイドはひとまず報告に戻り、薫子も手伝うべきか迷ったが、ここは桐華に任せた方はいいと判断して、自身は二人の着替えを部屋へ取りに行くことにした。
脱衣所で二人きりになると桐華はカッパを脱ぎながら、沙々羅に尋ねた。
「九条さんはどうする?」
「え……私は」
沙々羅が逡巡している間にも桐華はジャージの上下も脱いで、体操着姿になる。
「そのままの方がいいわね」
「う、うん……」
カッパのおかげである程度臭いを封印することが出来ているが、脱いだら臭いが一気に周りに広がりそうで、桐華の判断は沙々羅にも正しいと思えた。
桐華が沙々羅の肩を抱くようにしてシャワー室に入る。
そこにはカーテンで仕切る個室シャワーが六つ並んでいる。
「あ、あの……私、端っこに入るから」
そう言って沙々羅は小走りに一番奥の個室に入り、カーテンを閉じる。
その後ろ姿を見送った桐華は、全く正反対の位置にあたる一番手前に入る。
心配する気持ちも大きかったが、沙々羅の意思を尊重したい。
一方の沙々羅は、この嫌な感触から一刻も早く逃れたくて、すぐにカッパを脱ぐ。予想通り、臭いが一気にきつくなり、沙々羅は慌ててお湯を出す。
カッパの内側をそのお湯で流しつつ、ジャージの上を先に脱いで、次は下へ。
下痢の染みがくっきり浮かぶジャージの下をゆっくりと下ろすと更に強烈な臭いが鼻をつく。
その下の短パンもはっきりそれと分かる染みが広がり、歩いて行くうちに流れ落ちた下痢の跡は、膝下まである靴下にまで到達していた。
更に短パンを脱ぐと、真っ白な下着のお尻の部分はすっかり茶色に染まっている。手を汚さないように注意しつつ、ゆっくりと下着を下ろせば下痢の固まりがバランスを崩した下着から落下する。
ボト……ビチャ……。
足下に広がるお湯に落ち、汚らしい音と共にお湯が跳ねる。
「九条さん、大丈夫?」
その時、不意に声がした。
心配になって桐華が様子を見に来たのだ。
「だ、大丈夫!」
「そう……。もし困ったことがあったら、すぐに言って頂戴」
「うん……」
桐華の気配が消えてほっとする。
心配してくれるのは嬉しいが、こんな恥ずかしい姿は出来ることなら見せたくない。これから先もずっと……。
きっと、見せてしまえば私のことを嫌いになるから……。
それは沙々羅にとって無数にある苦い記憶の一つ。下痢おもらしした沙々羅に対して、それまで親しくしていた子が言い放った言葉。それが今でも心に突き刺さったまま、抜けないでいた。
お尻の汚れをまずしっかりと洗い流し、そのまま軽く身体を流す。その後、カッパからジャージ、短パンに下着と汚れを洗い流していると再び桐華がやって来て、先生が着替えを持ってきてくれたことを伝える。
もう大丈夫かな……。
少し下着の汚れが気になるが、これ以上はどうしようもない。それに、あまり時間を掛けるのも悪い気がして、沙々羅はシャワーを終える。
脱衣所には先にシャワーを終えた桐華が、既に着替え終えて待っていた。
「遅くなってごめんなさい」
「別に急ぐことはないわ」
そう言って桐華がタオルを渡してくれた。
「ありがとう」
「それと、ここに汚れたのを全部入れて、本棟の洗濯所に持って行きなさいって」
桐華の広げた青いビニール袋の中には、桐華のものと思われるジャージや体操着が既に入っていて、ここに一緒に入れていいものかと思ったが、桐華は全くそういったことを気にする素振りも見せない。
素直にその中に入れると、桐華はすぐに袋の口を縛る。
その後、沙々羅はすぐに着替えを終えて二人で外に出ると、雨はいつの間にかすっかり止んで、空には青が戻っていた。